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昨夜の雨が朝には、すっきりと止み、独り柳生をぶらり歩きしてきました。
今日は、ななまるカードを使って、近鉄奈良駅〜柳生は往復バスです。

9時19分発に乗って10時過ぎに柳生到着。
バスを降りたのは、たった独り。
気の向くまま歩き始めます。

歩いたルート
柳生バス停ーもみじ橋ー芳徳寺・柳生一族墓地ー天乃石立神社・一刀石ー旧柳生藩陣屋跡ー摩利支天碑ー旧柳生藩家老屋敷・小山田家分家ー柳の森ー柳生バス停 距離約4.3km、所要時間 1時間37分



バス停から東にT字路の案内板を見て、右(南)にてくてく。
風に吹かれて、桜の花びらがひらひらと舞い落ちています。
道路端には、落ちた花びらが、薄ピンク色に染めています。
手に取ってすくい取れそう。

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道路を桜の花びらが染める

紅葉橋の手前に大きなモミジの木があります。
そばを流れる打滝川に枝を伸ばし、新芽を吹き出しています。

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変形し形が美しいモミジの大木

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モミジのそばには、紅葉橋と描かれた石碑

細い遊歩道を通り、紅葉橋を渡って、芳徳寺へ行ってみます。

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前方に、紅葉橋が見える

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紅葉橋を渡り、柳生の家並みを見る

石畳の道をすすむと、結構な傾斜の坂道になります。
今日は山登りは予定してなく、ゆっくり登ります。

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石畳の道。柳生十兵衛の屋敷はこの近くにあったという、ここを歩いたのだろうか

坂道の途中には、きれいにヤブツバキが咲いていました。
石段には、いくつも落ちた花が散乱しています。

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ヤブツバキが咲く

坂道を登っていくと、桜が彩る芳徳寺。
柳生の集落が、見渡せます。

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正面に見えるのは、旧柳生藩家老屋敷(小山田家分家)

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芳徳寺境内から見る南側の風景

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構内には、石舟斎塁城址の石碑が立つ

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一帯は桜が多い

拝観料二百円を右の賽銭箱に入れて、門をくぐります。

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芳徳寺は、正式には芳徳禅寺。拝観料を払い入場

芳徳寺は、寛永15年(1638年)柳生但馬守宗矩が、亡父石舟斎宗厳(せきしゅうさいむねよし)の供養のため、創建したもの。
開山は宗矩と親交のあった沢庵和尚。
のちに柳生氏代々の菩提所となっています。

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芳徳寺本堂

本堂の北側に、芳徳寺代々の住職さんと柳生家の墓所があります。

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柳生家墓所、六地蔵さまが見守る

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柳生家代々のお墓が並ぶ

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柳生三代のお墓、左側・宗冬、その右奥・宗矩、その右前・三厳(十兵衛)

芳徳寺を出て、正木坂剣禅道場の前を通り、坂道を下っていくと、左に天乃石立神社・一刀石の分岐があります。
左折して、坂道を登ると左に開放的な霊園を見て、山道に入ります。

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天乃石立神社・一刀石に続く道、山歩きみたい

石の鳥居をくぐってすすむと、巨石がいくつも現れます。

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天乃石立神社鳥居

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巨石を多く見る

天乃石立神社は、本殿はなく、4つの巨石がご神体になっています。

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巨石が祀られている

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この奥に一刀石がある

一刀石は、柳生石舟斎宗厳が、修行中にこの戸岩谷に入ったとき、天狗がいたので、宗厳が一刀のもとに切り捨てたところ、巨石を二つに割っていたとの伝説が伝わっています。

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約7m四方の巨石

一刀石を見て、道を引き返し、旧柳生藩陣屋跡へ。

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坂道を下りきったところにある句碑

坂道を下って、国道369号線を横切り、石段を登ると陣屋跡です。
柳生宗矩が、寛永14(1642)年から3年をかけて建てたそうです。
現在は、史跡公園になっています。

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旧柳生藩陣屋跡

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陣屋跡から芳徳寺方向を見る

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東屋がある。陣屋跡は、桜まつり開催中はメイン会場になる

柳生石舟斎四百回忌の記念植樹や、柳生石舟斎宗厳と柳生十兵衛三厳をモデルにした撮影場所もあります。

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柳生石舟斎四百回忌記念植樹

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左が柳生石舟斎宗厳、右が柳生十兵衛三厳

陣屋跡から下って、花しょうぶ園の方へ向かいます。
陣屋跡の壁面に、お地蔵さまが彫られているのが目に入りました。
壁には、苔が張り付き、お地蔵さまが、その中に埋まっているように見えました。

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壁面のお地蔵さま

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お地蔵さまから陣屋跡入口を見る

花しょうぶの見頃は、6月上旬から下旬にかけて。
当然ですが、入口は閉まったままで、がらんとしていました。

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花しょうぶ園も徒歩圏内にある

柳生八坂神社の前を通り、こんもりとした高台の摩利支天山へ。

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柳生八坂神社

摩利支天山は、十兵衛の弟・宗冬が柳生八坂神社を造成し、石の鳥居を寄進して、その隣の丘に武道の神・摩利支天を祀ったところです。
今は、祠はなく、摩利支天の石のレリーフが作られ置かれています。

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摩利支天のレリーフ

それほど高い丘ではありませんが、ここから柳生の町並みが一望できます。

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摩利支天山から南側・花しょうぶ園を見る

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北側に広がる柳生の町並み

柳生の町並みを見終えて、旧柳生藩家老屋敷・小山田家の屋敷へ。
ここは、一時期・作家山岡荘八氏が所有され、NHKの大河ドラマ「春の坂道」もここで、構想が練られたそうです。
後に、山岡家から奈良市に寄贈されました。

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旧柳生藩家老屋敷・小山田家分家、現在は非公開

バス停に戻る途中で、シャクナゲがたくさん咲いていました。

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シャクナゲが咲く

バス停に近いところに、「柳の森」があります。
柳生の地名の元になった場所で、大昔、ここに誰かが杖を立てて置いていたところ、それが柳の大木となり、柳生という地名になったと言われます。

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柳の森、現在の柳は何代目でしょうか
                 
奈良駅行きのバスは、11時50分。
バスを降りてから、1時間40分弱歩きまわりました。
結構、ゆっくり歩きましたが、柳生の見どころは、ひと通りまわることができました。

一時期の柳生ブームは、とっくに過ぎ去って、とても、静かな柳生の里でした。
以前、柳生を訪れたときに食事をした「柳生茶屋」さん、バス停前の食事処「十兵衛」さんは、観光客が来なくなって、店を閉じていました。

そんな光景を見ると、寂しい思いがします。
バスを降りてから乗るまで、柳生の里では、誰一人として観光客には出会いませんでした。

途中の円成寺では、2,3人の方が乗降されました。
2019.04.15 / Top↑