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熊野詣で賑わったかっての熊野古道。前回、紀伊路のJR海南駅から紀伊宮原駅まで歩きました。
今回は、紀伊路2回目の歩き。
JR湯浅駅から紀伊内原駅までのルートで、その間には鹿ヶ瀬(ししがせ)峠の難所があり、熊野古道では現存する最長の石畳の道が続いています。

行程
JR天王寺駅6:26=(海南駅乗換)=8:37JR湯浅駅8:50ー9:55阿瀨(ごのせ)王子跡ー10:08馬留(うまどめ)王子跡ー10:52鹿ヶ瀬大峠10:59ー11:08鹿ヶ瀬小峠ー11:19熊野古道公園ー11:34金魚茶屋跡ー11:46沓掛王子跡ー11:58爪書地蔵ー12:13西の馬留王子跡ー12:54内原王子神社(高家王子跡)12:56ー13:22JR紀伊内原駅13:36 距離約17.4km、所要時間(休憩含む)4時間32分、累計高度(+)413m(ー)約410m


醤油で有名な湯浅駅で降り、駅舎を出て左折。
直ぐの小さな交差点を左にJR線のガード下をくぐり、満願寺を左に見て東にすすみます。

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JR湯浅駅

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古い家並みが残る道

みかん園と民家が混ざる道です。
要所に熊野古道の看板や道標があります。

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熊野古道・勝楽寺の道標

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民家の間を抜けていく

道標に沿ってすすむと、勝楽寺。
その裏手に、湯浅出身の紀伊国屋文左衛門の石碑があります。

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勝楽寺

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紀伊国屋文左衛門の石碑、両脇の樹も印象的

お寺の前の細い道を抜けると、国道42号線で、国道を渡り右にすすみます。
広川に架かる橋の手前で左に、広川沿いの道に入ります。

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国道から別れて左の道に入る

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ガードレールに熊野古道の文字

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広川に沿って歩く

蛇行する広川に架かる橋を2回渡り、湯浅御坊道路の広川IC道路下のトンネルを抜ければ、津兼(井関)王子跡です。
広川IC付近は、湯浅御坊道路4車線化の工事中で道が複雑、道標をよく見てすすみます。

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道標を確認して高速道路下のトンネルを抜ける

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津兼王子跡、周りでは高速道路工事進行中

この辺り一帯は井関地区で、古道に因んだものが、いろいろと見られるようになります。
民家のブロック塀に、馬の養生をした養生場跡のプレート。
その先の壁面には、細長い絵図。
なかなか見応えがあります。

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馬を養生した場所

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江戸末期の絵巻物

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郷土出身の梶原薫氏が大正4年61歳のとき、幕末慶応の頃を懐かしく思い描いたもの

かっては旅籠が多くあったようで、その跡も見られます。

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旅籠・亀屋跡

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民家の板塀に熊野古道のプレート

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旅籠・藤屋跡、現在は民家

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丹賀蔵王大権現(白井原王子跡)

広川に架かる河瀬(ごのせ)橋を渡ると、道標を兼ねた供養塔があり、右に河瀬王子跡。

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河瀬橋を渡り右折

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河瀬王子跡

後方には、巨石が積まれ、ここに王子社があったことがうかがわれます。

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河瀬王子跡の巨石

しばらく民家が並ぶ道です。
この先で難所と言われた鹿ヶ瀬峠が待ち受けており、峠越えに備えてお休み処や旅籠跡が、並んでいた雰囲気を感じます。

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旅籠・枡屋跡

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左、川を渡ったところに地蔵寺がある

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旅籠・車屋跡

民家が見えなくなってくると、いよいよ鹿ヶ瀬峠への登り。

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民家が途絶えたところで、振り返る

しばらくは、それほど傾斜はなく、楽に歩けます。

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樹林の中に入ってくる

谷沿いにすすむと、東の馬留(うまどめ)王子跡。
馬を下りて、草履の紐を締め直して峠に向かった場所です。

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馬留王子跡。注意してないと見落としてしまう

さらに登っていくと分岐があり、ここに供養碑のようなものが立っています。
鹿ヶ瀬峠まで2340mです。

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供養碑?、2340mの標示

その先、竹の茂みには、立場跡(乗物中継地)の案内板。
籠から下りて馬に乗り換えるところで、時代が後になってくると、道が広くなり、その後は馬も通れたようです。

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ここができたのは、時代が後になってから

舗装道から荒れた山道が分岐しています。
熊野古道の看板が落ちていて、もともとはこちらが古道のよう。
荒れて通行禁止になっているようでした。

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こちらがもともとの古道?

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歩きやすい舗装道をすすむ

1ヶ所だけ舗装道をショートカットする道があります。
獣除けの柵を開閉して、そちらへすすみます。

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ショートカットの道に入る

みかん畑が広がり、山には風車が見えます。

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青空に引き立つ風車

急斜面を登り、出入口になる柵を開閉して、フェンス沿いをすすみます。

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獣除けの柵

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ノコンギクがいっぱい

鹿ヶ瀬峠へ続く道は、樹林に遮られ、展望はききません。
再び、舗装道に出合う辺りだけが、唯一の展望箇所。

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歩いてきた道を展望、右奥に高速道路が見える

右に左に曲がりながら、急坂を登っていきます。

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展望地点を過ぎても、急坂が続く

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上の写真の角にある標示。鹿ヶ瀬峠まで1230m

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汗をかきながら登り、鹿ヶ瀬峠まで700m。もうひと踏ん張り

獣除けの柵までくると、道はゆるやかになり、石畳の道になります。

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嫌な注意書き。蛇も蜂も大嫌い

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石畳の道が鹿ヶ瀬峠の広場まで続く

もう少しで鹿ヶ瀬峠というところで、大峠の地蔵があります。
大木の下に静かに立っています。

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大木の下に地蔵さま

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柔和ないいお顔です

その隣に崩れた石組みのところには、法華の壇。

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法華の壇、矢印の方向にある

今から1000年以上前、6万のお経を唱える修行をしていた円善というお坊さんが、この峠で亡くなりました。
その100年後に通りがかった修行僧の壱叡は、ここで法華経を唱えている骸骨を見つけました。壱叡が熊野の帰りに再びここを通ると、お経は止んでいました。
円善の冥福をお祈りし、供養塔が立てられました。


石畳の先は、広場になった鹿ヶ瀬峠です。

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平坦な石畳の先は…

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広場になっている鹿ヶ瀬峠

上部はぽっかりと開いて、青空が見えていますが、展望はありません。
少し下ったところがわずかに開け、そこから風車が見えます。
広場の隅に、樹齢600年ともいわれる椎の大木があります。

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椎の大木。触れてパワーをいただき

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鹿ヶ瀬峠から見る風車

茶屋や旅籠があった峠ですが、今はその面影はありません。
小休憩して、下ります。
しばらくガレ気味の急坂。

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石垣の跡が残る

ゆるやかで歩きやすい道に変わってきます。

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1ヶ所だけ倒木箇所

竹林になり、木の根っこに小さな馬頭観音が現れます。

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荒れ気味の竹林の道

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木の根元に小さな馬頭観音さま

頭上に馬を載せていて、馬の供養として立てられたものです。

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頭の上に馬が乗っている

馬頭観音を過ぎると、地蔵菩薩が祀られている小峠です。

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小峠の地蔵さま

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猪谷方面の分岐になっています

ここから石畳の道です。

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少し下ったところで小峠を振り返る

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石畳の道を下る

右手、谷側に姿の整った樹があり、惹かれてシャッターを押しました。

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姿がいい

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立ち止まって見る

左手が開けてくると、休憩所のある熊野古道公園です。

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古道公園にある鹿ヶ瀬峠案内図

かって、この辺りには、ササユリが咲いて、訪れる人たちを出迎え、疲れを癒やしてくれたそうです。
ササユリを復活させ再生するプロジェクトができていて、その株が保護されています。

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熊野古道公園、貴重なササユリが保護されている

福島県三春町滝の天然記念物「三春滝ザクラ」の苗木も植えられ、大きく育っていました。

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三春滝ザクラ。案内板には平成13年3月と書かれています

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別角度で見る

近くには、咲く時期を勘違いしたモチツツジが開いていました。

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陽当たりがいいところだと、時々咲いているのを見かけます。

題目板碑の前を通ります。
石製の塔婆です。

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題目板碑の案内板

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室町時代のもの

板碑を過ぎると、ゆるやかで下り基調の歩きやすい道です。

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とても、らくらくな道

金魚茶屋駐車場に着きます。
時代を意識したきれいな建物のトイレがあります。

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金魚茶屋駐車場

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木製の案内板。主だった場所の距離表示がされている

西川沿いに少し下ると、金魚茶屋の看板が立っています。
そこは民家になっていました。

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金魚茶屋跡

ここは江戸時代の宿場で、鹿瀬山から流れ出る清流を筧で引き、金魚を飼って旅人を慰めていたことから名前がついたそうです。
なかなか趣があって風流です。

付近は黒竹の特産地として知られています。

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道路脇に黒竹が自生している

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お茶の花も咲いている

熊野古道は、これから先、県道と古道が交差したり並行する道になります。
県道に出たり、入ったりするため、道標を見落とすと、そのまま通行量の多い県道をすすんでしまいます。

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県道に出る

県道脇に、沓掛王子跡を見ます。

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沓掛王子跡

道路の壁面に、タイル絵のようなものが描かれています。
長い舗装道歩きで、そんな絵を見ると、気分転換になります。

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壁面の絵。描かれているのは黒竹でしょうか。

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こちらは華やかな衣装をまとっています

コスモスが風に揺れています。
もう、見納め。

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のどかです

畑で作業されているおばさんに、あいさつをしました。
「こんにちは」
ー「今日は天気がいいからいいねぇ」

「はい」。なんというそっけない返事。
もう少し、気の利いた返事をすれば良かったと後悔しました。

ここまでずっと歩いてきて、ハイカーさんには誰にも会わず、あいさつをしたのは、通りすがりで出会った地元の人、数人だけです。

爪かき地蔵さんの前にきました。
弘法大師さんが、土地の人の無事息災を祈って、爪で刻んだとされています。
前回歩いた拝の峠でも、見ました。

案内板には
「地蔵尊のお姿は見られないが、水をかけると浮かび出てくる。信仰心のない人は、いくら水をかけても地蔵尊のお姿を拝むことはできない」

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爪かき地蔵尊

格子の中を覗くと、濡れていないのに、お地蔵さまの姿が見えました。

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中のお地蔵さま

さらにすすむと、県道脇に「四ッ石聖蹟地」
後鳥羽上皇が熊野詣の際、休憩された石だそうです。

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座りにくく粗末な石。そう思ってしまいます

後鳥羽上皇は、熊野信仰がとても厚く、29回も熊野参詣をされたと書かれています。

民家の石垣には、たくさんのツワブキが咲いていました。
ススキも輝き、揺れています。

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塀のツワブキ

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風に揺れるススキ

西の馬留王子跡の前を通り過ぎました。
道路脇のすぐ傍で、車がひんぱんに行き交うところです。
ちょっと、気の毒なくらい。

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馬留王子跡

民家のブロック塀に、挟まれるようにあったのは、一里塚跡。
注意していないと、見過ごしてしまいます。

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一里塚跡

県道と古道が分岐、交差するところがいくつもあり、内ノ畑王子跡は分岐を通り過ぎてしまい、見ることができませんでした。

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右が県道、左が熊野古道。小さな道標が立っている

長々と続く道を歩き、内原王子神社(高家王子跡)に到着。
今日のコースで、最後の見どころ。

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内原王子神社。大きな杉や楠らしい樹がありました

神社前から西川に架かる王子橋を渡ると、駅までもう少し。
駅に近くなったところで、リュックを背負った人が前を歩いていました。
てっきりハイカーさんと思い、何も考えず着いて行き、最後になって道を間違えました。

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大きな樹がある紀伊内原駅

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駅前の案内板

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無人駅かなと思いましたが、駅員さんがおられました

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ホームから見る風景、右奥、山の上には風車が見える

今朝、鶴橋駅のコンビニで買ったおにぎりで、遅めの昼食を摂りました。

歩いた距離は約17.4km。
鹿ヶ瀬峠までの道は急坂ですが、そこを抜きにすると、それほどきついところはありません。
舗装道が長く、今回は、六甲縦走でも使ったトレラン用シューズにしました。(歩くのみで一度も走らず)

とても、いい天気で最高のハイキング日和でしたが、ハイカーさんに出会うことはありませんでした。
路上のみかん売りを期待しましたが、今日もダメでした。
みかんは、見てるだけ。
歩かれる人が少ないんでしょうか。

ルート上に、コンビニなどのお店はなく、現地調達は不可です。(自販機はあります)
距離が長いため、食べ物、飲み物は予め持参しておいた方が無難です。
2019.11.08 / Top↑