青春18切符を利用して、羽柴秀吉と柴田勝家が、天下の覇権をかけて戦った賤ヶ岳へ行ってきました。
JR余呉駅から歩き出し賤ヶ岳へ登り、その後、山本山への縦走、JR河毛駅へ至るルートです。
低山ながら歩いてみると、結構な距離になりました。

行程
JR余呉駅11:15ー11:21江土登山口ー11:30岩崎山砦跡11:32ー11:51中川清秀の墓11:58ー12:04首洗い池ー12:08猿ヶ馬場ー12:41賤ヶ岳山頂(標高421m・休憩)13:04ー13:12リフト乗り場ー15:10山本山(標高324m)15:24ー15:43山本山登山口ー16:42JR河毛駅 距離約17km、所要時間5時間27分(休憩時間含む)


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  余呉湖駅前の案内図

ルート

(▶印をクリックするとルートをたどります)

湖西線経由で電車が余呉駅に着いたのは、午前11時09分。
山へ登るには、遅い時間です。
JR奈良駅のみどりの窓口で、青春18切符を購入したのですが、ここで意外に時間がかかってしまい、ホームに上がる寸前に電車が出る幸先の悪い出だしとなってしまいました。

余呉駅で降りたのは、自分を含め2人だけ。
外は30度を超える暑さ、平日とあって人もいません。
駅前の案内図を確認して歩き出します。

駅から南に真っ直ぐの道をすすみ、突き当たりを左へ行くと、余呉導水路に架かる小さな橋。
この橋を渡って、もう少し行けば、江土登山口です。
道標、案内板があり、分かりやすい道です。

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JR余呉駅、小さな駅です。江土登山口の道標

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湖岸道路から登山口に入ったところで振り返って見る

湖岸道路を右に曲がり、登山道を登っていくと、江土地区の集会所の建物を右に見て、その先に朱色の鳥居が見えてきます。
鐘楼もあり、神社とお寺が一緒になっています。

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登山道をすすむと、朱色の鳥居が見えてくる

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神社のそばに鐘楼がある、ここを過ぎればよく踏まれた登山道が続く

樹林に囲まれた尾根のような道をすすみます。
駅から15分ほどで、岩崎山砦跡の分岐。
左に入って、少しすすむと岩崎山の四等三角点があり、この辺り一帯が砦のあったところです。

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岩崎山砦跡への分岐、四等三角点のある岩崎山、雑木に囲まれている

<岩崎山陣城>(案内板から)
天正11年1583年賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉方の摂津高槻城主、キリシタン大名高山右近が合戦中期に秀吉の命を受けて、築いた陣城である。柴田勝家方の佐久間重盛が岩崎山、大岩山を奇襲落城させた事実は、当陣城の普請「工事」が未完成であった事を如実に物語る。

元の道へ引き返し、大岩山へとすすみます。
起伏は、さほどなく、歩きやすい道です。

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このような道が続く

途中に、余呉湖に下る分岐を通り過ぎ、やがて広い林道へ出ます。

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余呉湖へ下る分岐、林道に合流する

林道をすすんでいくと、中川清秀の墓への案内が見えてきます。
ここを左に曲がり、登っていくと、清秀の墓のある広場です。

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中川清秀の墓の案内

この辺りは、賤ヶ岳の合戦の最初の戦があったところで、お墓の説明には、
中川清秀は茨木城主であったが、秀吉に味方しここに砦を築いた。しかし、佐久間盛政の奇襲にあい奮戦したが、力及ばず全滅した。墓は百回忌の天和二年に建立された。

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中川清秀の墓のある広場、奥に墓がある

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立派なお墓が建っている

ここから5分ほど歩くと、中川清秀の首を洗ったと伝えられる首洗いの池の分岐です。
左に下って行くと、小さな池がありました。

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首洗いの池(左隅)、水が湧き出ている

<首洗いの池>
中川清秀の遺体は、当時土民たちにより谷に降ろし、芝で覆い隠し守られたと伝えられるが、その時、ここで首を洗った。

壮絶な戦いの歴史を、至る所で見ることができます。

分岐に戻り、その先には猿ヶ馬場。

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秀吉が追撃戦を指揮した猿ヶ馬場

<猿ヶ馬場>
羽柴秀吉は、ここで敗退する佐久間盛政の追撃戦を指揮していたが、戦線が余呉湖西岸に移ったため、陣を賤ヶ岳山頂に移した。

誰にも出会いません。
回りでは、蝉の声が聞かれ、時折、トンビの声も聞こえてきます。
蝉の主役は、ここでは、ヒグラシとツクツクボウシ。
汗が流れ出る暑さですが、その鳴き声からは秋の気配さえ感じます。

頂上が近づくに連れ、ゆるやかだった傾斜が、勾配を増してきます。
景色も杉林から自然林に変わってきます。

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自然林に変わってくる、足元には蝉(ミンミンゼミ?)

汗を拭き拭き登り、山頂に着きました。

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傾斜の急な道をすすむ、トイレの建物が見えてくると頂上

三等三角点があります。
広い山頂には、賤ヶ岳の戦いに関する案内板や石碑が多く、四方の展望も開けています。

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山頂の案内板、いくつもの案内板や石碑がある

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 三等三角点と、東側の展望台、方位盤もある

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武将の像

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史蹟・賤ヶ嶽の石碑

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眼下に余呉湖が広がる北側の眺望(画像クリックで拡大)

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東から南側の眺望、右奥に延びる稜線の先に山本山が覗いている(画像クリックで拡大)

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右奥に七々頭ヶ岳が見える

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正面に七々頭ヶ岳、右奥に横山岳

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南の琵琶湖側、左奥に竹生島

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西側の眺望(左・琵琶湖、右上部・余呉湖)

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南側にある展望休憩所

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展望休憩所に掲げられた登山記念絵馬、右の写真はリフト乗り場へ続く道

頂上で、ようやく人を見かけました。
一人は岐阜からやってきた男性。
他に、この付近の整備をしている作業員の方が2人。
休憩所で写真を撮っていると、作業員の方から、「よければ賤ヶ岳合戦の話しをしましょうか?」と、声をかけられました。
聞きたかった気持ちもあったのですが、山本山へ向かうため、お断りして先を急ぎました。

休憩所の自販機で、ペットボトルを1本買い、階段を下って、山本山へと向かいます。
急な階段道です。

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頂上からリフト乗り場まで階段道

頂上からリフト乗り場の間には、写真撮影用の武者姿の作り物がいくつもあります。
山へ登って来られる多くの人は、麓からのリフト利用。
5分で簡単に登ることができます。
階段の途中には、合戦の戦没者霊地もあり、地元の人が供養されているようでした。

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石仏の並ぶ戦没者霊地

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リフト乗り場に続く道

リフト乗り場では、何人かの人を見かけました。
乗り場を左に見て、縦走路のコースに入ります。

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賤ヶ岳リフト乗り場

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山本山まで7.2km、自然観察コースの立て札が立っている

入口から600mほどは、自然探索コースになっています。
賤ヶ岳から山本山までは、平坦な道かと思っていましたが、途中にいくつかのピークがあり、その度にアップダウンを繰り返します。
大したアップダウンではないものの、距離が延びるに従い、ジワジワと足が重くなります。

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縦走路から見る景色、正面に小谷山

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ピークを越えながらすすむ

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縦走路から賤ヶ岳を振り返る

木立の中の道は、虫が多く、小さなブヨのような虫が顔にまとわりつきます。
帽子で払いながら歩きましたが、これには閉口しました。
蝉も身体をめがけて飛んできます。

小休憩して、ザックを下ろすと、蝉が止まっていました。

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樹林の中の道だけに昆虫類をよく見かける

余呉駅から賤ヶ岳の道は、合戦の色合いが濃く残る道でした。
賤ヶ岳を越えて、山本山への道は、古墳が多く見られます。
国指定史跡の古保利古墳群です。

<古保利古墳群>
琵琶湖の北端、塩津湾に面する細長い丘陵上に分布する一大古墳群です。古墳時代初頭(3世紀代)から終末期(7世紀代・飛鳥時代)であり、現在判明している古墳の数は132基です…。

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古保利古墳群の案内板

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山本山へ続く丘陵状の山並み

樹林の間から時折、右側に琵琶湖を眺めながらアカマツや杉の林を抜けていきます。
名前の分からない握り拳大くらいの白いキノコがたくさん生えていました。

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アカマツの林、よく分からないキノコ

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古墳群の一つ

丘陵状になった南端にある山本山への登りは急です。
暑さもあり、足どりはノロノロ。
馬の蹴跡の立て札のところにやってくると、山本山の頂上です。

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馬の蹴跡

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<山本山(標高324.9m)>
別名は朝日山、田中山、白山と言い、また、その優美な姿が琵琶湖のどこから見ても、すぐに分かることから見当山ともいいます。地上と湖上を見渡す重要な位置にあることから、平安時代から戦国時代にかけて山城が築かれ、土塁と堀切の跡に古城の姿をとどめることができます。

山城のあったところで、広い頂です。
回りを樹木が囲っていて、琵琶湖側だけが見えています。

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山本城、二の丸の跡

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山本山から見る竹生島

竹生島が目の前に見えています。
賤ヶ岳からは、遠くに見えていましたから、随分歩いた感があります。
ここからは下るだけですが、この下山道が急坂です。

小石も転がるつづら折れの道。
すべらないように注意して下ります。
獣除けのゲートが見えてくると、登山口です。

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山本山からは急な下り、がっしりした獣除けのゲート

ゲートを出ると、お墓が見え、そこが登山口です。

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お墓のところに登山口がある

お墓のところに、水くみ場があり、勝手に使わせて頂きました。
手を洗い、顔も洗って、少しはさっぱりしました。

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お墓の水場、水は飲めません、山本の集落へ下る

山本の集落へ出て、JR河毛駅まで約5kmの道を、ひたすら1時間歩きました。
振り返って見ると、なるほど、山本山は、お山らしい山です。
右、前方には伊吹山も見えています。

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山本山を振り返る、ここからは賤ヶ岳は見えません

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うっすらと伊吹の姿

途中にある自販機で、また、一本、ペットボトルを買って飲み干しました。
流れ出た汗で、ズボンは腰からお尻にかけて、濡れています。
帰りは、運良く駅に着いてホームに上がったとたんに電車がやってきました。

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JR河毛駅、駅前にある浅井長政公とお市の方の像、時計は午後4時40分

電車の中は、浴衣姿のお嬢さんがたくさん乗っていました。
着替える時間もなく、避けるようにして人のいないところに立っていました。

今夜は、長浜の花火大会の日でした。
ついでに、花火でも見て帰ろうかという気持ちが一瞬わきましたが、人の多さと遅くなりすぎることを考えると、すぐにその思いは消え去りました。

低山ながら累計高度(+)825m、高度(ー)867m。
暑さもあってか、距離、高度の割には疲れを感じました。

2016.08.04 / Top↑
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