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梅雨の中休みで、奈良・西ノ京ロータスロードを、歩いてきました。
仏教では神聖な花とされる蓮の花、蓮寺としても知られる奈良・西ノ京エリアの「西大寺」「喜光寺」「唐招提寺」「薬師寺」の四つのお寺をつなぐ道は「ロータスロード」と呼ばれています。

歩いたルート
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先月7日(金)から8月18日(金)の期間中、ロータスロード「特別ご朱印めぐり」が開催され、美しい蓮の花を眺めながらお寺巡りできます。

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  「ロータスロード特別ご朱印めぐり」ポスター

期間中は、四ヶ寺をめぐる共通拝観券(ご朱印の納経料、蓮の花びらをかたどった散華もセット)が売り出され、これを持って、お寺巡りをしてきました。

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四ヶ寺共通拝観券(3800円)とご朱印帳(別売り・写真は西大寺で販売のもの)

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四ヶ寺の散華
 
大和西大寺駅から出発です。
まずは、駅から5分足らずの西大寺へ。
南都七大寺の一つで、天平神護元年(765)に創建、栄華を誇ったものの平安時代に衰微し、鎌倉時代の名僧・興正菩薩叡尊上人によって再興されたお寺。

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西大寺山門、ロータスロードの幟が立っている

広い本堂の中央には、本尊の釈迦如来立像。
獅子に乗った文殊菩薩像と四侍者像、弥勒菩薩像などが祀られています。

四侍者の一つ、善財童子像は、故灰谷健次郎さんの「兎の眼」に登場し、知る人ぞ知る存在です。

本堂の中は夏でもひんやりしている。ここは素足にかぎる。小谷先生はソックスをぬいで、その冷気にふれた。そして、まっすぐに堂の左手の方に歩いていった。そこに善財童子という彫像がある。
「こんにちは」と小谷先生は呼びかけた。
「ちゃんとまっていてくれましたね」
小谷先生はほほえんだ。
あいかわらず善財童子は美しい眼をしていた。ひとの眼というより、兎の眼だった。それはいのりをこめたように、ものを思うかのように、静かな光をたたえてやさしかった。
(「兎の眼、7・こじきごっこより抜粋)

灰谷さんは、この西大寺を何度も訪れたそうです。
善財童子は、とてもやさしい眼で輝いて見えました。

残念なことに、西大寺さんのパンフには、「灰谷健次郎」さんも「兎の眼」のことも、何も書かれていません。
大茶盛は、全国的にとても有名ですが、「兎の眼」も載せたらいいのにと思ってしまいます。

東塔跡のところに、蓮鉢がたくさん並べられていました。
色もいろいろですが、八重のもの、牡丹のように見えるものもあり、とても見栄えがします。

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東塔跡の周辺に並べられた蓮鉢

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八重の蓮、一見、蓮の花に見えない

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本堂と蓮

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たくさん咲いて目を楽しませてくれます

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鐘楼をバックに

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アップで

広い境内をフィールドにして、子どもたちがジョギングをしています。
歓声が聞こえます。
溌剌とした子どもたちの姿を見ていると、気持ちがいいものです。

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みんな元気いっぱい

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参道脇に咲くアガパンサスとアジサイ
 
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西大寺・御朱印

西大寺から南に喜光寺へ向かいます。
古い家並みが続く一角に、菅原天満宮遺跡天神堀があります。
菅原道真公の産湯の池とも伝えられていて、ここを過ぎると、喜光寺はもうすぐ。

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菅原天満宮遺跡天神堀、鯉が泳いでいます

喜光寺は、養老5年(721)、行基菩薩によって創建され、古くは菅原寺と呼ばれていました。
天平20年(748)に聖武天皇が参詣されたときに、本尊より不思議な光明が放たれ、そのことを喜ばれた天皇より「喜光寺」という寺号を賜ったそうです。

行基菩薩は東大寺の造営に当たり、喜光寺の本堂を参考にされたと言われ、「試みの大佛殿」としても知られています。
また、菅原の里は、菅原道真公誕生の地とも言われています。

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本堂(重文)、言われてみれば、大佛殿に似ている

受付のある南大門をくぐると、正面が本堂。
本堂の左手前に蓮鉢が並べられています。
250の鉢が境内を彩ります。

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たくさんの鉢が並ぶ

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南大門をバックにして

石仏の前に多くの鉢が並べられていました。

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石仏と蓮

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角度を変えて眺める

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白地に淡いピンクがきれい

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上から眺める

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仏さまには蓮がよく似合います

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花に惹かれて小さな昆虫も

喜光寺は、本堂内の撮影が許されています。
ご本尊は、阿弥陀如来さま。

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阿弥陀如来坐像(重文)

本堂裏手にも、鉢が置かれています。
睡蓮の池もあり、いくつか花が開いていました。

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本堂を裏手から見る

境内をぐるりと廻って、唐招提寺へ。
阪奈道路を横切り、歴史の道を通って南へ向かいます。
 
尼ヶ辻を過ぎ、垂仁天皇陵手前に来ると、小さな池にホテイアオイの花が咲いていました。
橿原の本薬師寺跡のホテイアオイには到底及びませんが、とてもきれい。

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ホテイアオイの池、後方は垂仁天皇陵

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たくさん咲いていて、涼感があります

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アップで見る

尼ヶ辻から西の京へ向かう歴史の道沿いには、多くの花を見ました。
それらを見ながら歩いていると、時間を忘れてしまいます。

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これは何の花だろう?

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一際、引き立つ白い花

唐招提寺は唐の高僧・鑑真大和上が奈良時代に創建したお寺です。
そんな歴史もあり、今日、まわった4ヶ寺の中で、多くの中国のお客さんを見かけました。

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唐招提寺金堂

金堂の薬師如来立像、盧舎那仏坐像、千手観音立像は、立派な仏さまで、とても迫力があります。
緑の多い境内は、より落ち着いた雰囲気が漂います。

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金堂脇の蓮鉢

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金堂横から

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全体にまだ、開花が早いような感じでした

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鼓楼を見る

境内奥、とても静かなところに、鑑真和上の御廟があります。
御廟に続く道の両脇には、苔の庭が広がり、苔寺を想像させます。

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御廟に続く道

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手入れの行き届いた苔庭

御廟の近くに、井上靖「天平の甍」の石碑がありました。
天平の甍は、中国の高僧であった鑑真を招くために、海を渡った苦難の留学僧の物語。

鑑真は、天宝元年(742)、朝廷の「伝戒の師」として招請を受け、その後、12年間に5回の渡航を試みるも失敗。
次第に視力を失うも、天平勝宝5年(753)、6回目にして日本の地を踏まれ、以後76歳までの10年間のうち、5年を東大寺で、残りの5年を唐招提寺で過ごされ、天皇を始めとする多くの人々に授戒されました。
(唐招提寺パンフより抜粋)

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天平の甍石碑

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鑑真和上御廟

雰囲気のある土塀の道を歩き、国宝・鑑真和上像のお身代わりの「平成の鑑真像」にお参りして、蓮池へ。

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土壁の道

蓮池の蓮は、まだ咲いていませんでした。
戒壇の南には、蓮鉢が並べられていて、そこではトンボが蕾の上で休んでいました。

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蓮園には多くの鉢があり、こちらも見応えがあります

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一休みするトンボ

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とても繊細

南大門、弁天社近くの純白な蓮を眺めて、薬師寺へ向かいました。

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純白な花、見ていると身体の中まできれいになりそう

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喜光寺、唐招提寺の御朱印

薬師寺では、食堂の前が蓮園になっています。
金堂の薬師三尊像と講堂の弥勒三尊像にお参りして、鉢を眺めていました。
後で、振り返って見ると、薬師寺での写真は少しだけ。

ちょっと歩き疲れてしまいました。

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食堂前の蓮

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蓮と講堂

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見頃を迎えた蓮が並ぶ

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蕾や全開前の花も、とてもきれい

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薬師寺の御朱印


大和西大寺駅から出発して、ゴールは西ノ京駅。
距離にして6km余り。
梅雨時期にしては、幾分、涼しかったのですが、最後は息切れをしてしまった感じ。

西大寺駅まで戻り、昼食とお茶して、生気が戻りました。
2019.07.05 / Top↑
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